東京都豊島区の混合介護特区

東京都豊島区は、
2018年8月から国家戦略特区制度を活用した
「混合介護」のモデル事業を始めました。

国家戦略特区というと、
「モリカケ」問題の加計学園獣医学部新設特区や、
東京オリンピックを見据えた民泊特区からカジノ特区構想まで
派手なプロジェクトが目立ちます。

獣医学部は開学し、民泊とカジノは法案化され、
ほかのさまざまな特区は本格実施に向けて動いています。

豊島特区は、それらに比べるとあまり派手ではありませんが、
大変重要な課題をテーマに掲げたプロジェクトなのです。

今後の超高齢社会において、公的な介護保険制度は
公正かつ財政的にも安定的に維持・運営されなければなりません。

公的保険のため、提供するサービスの
種類や範囲にはおのずと限界があります。

認知症の人たちなど介護サービスを受ける人たちが求める
「保険適用外」のサービスをどこまでカバーするのか。

財政的な問題からカバーする範囲が限定されるとすれば、
今後必要とされる介護サービスを、どこの事業者が担い、
どのくらい負担をすれば利用できるのか。

介護サービスの質や内容は確保されるのか。

これらの不安や疑問などを、東京都豊島区が
特区制度を使ってオフィシャルなかたちで
解決しようとする試みなのです。

現在「混合介護」は、介護現場でどのような状況にあり、
制度的な観点からはどのように位置付けられているのでしょうか。

詳しくみていきたいと思います。

公的介護保険がスタートして18年。

40歳以上の被保険者の保険料と、国・地方公共団体の税金を
各半分ずつ拠出して運営されています。

要介護認定を受けた利用者は、所得に応じて、
費用の1~2割の負担でサービスを受けることができます。

しかし、超高齢社会の到来で、要介護者が増え、それによる
サービス提供の急増、月額6000円に迫る保険料アップなど
財政面でも多くの課題を抱えています。

そのため、在宅の場合のサービス内容は、
訪問介護身体介護のほか、家事支援は被保険者本人のための
炊事・洗濯代行・支援などに適用範囲が限られています。

これに対し、本人以外の家族の食事用意や洗濯、
犬の散歩、庭の草刈り、来客時のお茶接待などは、
厚生労働省が不適正事例として示しており、
保険の適用外になっています。

利用者が求めるサービスになんでも応じていたら、
費用がかかり、保険財政がパンクしかねないからです。

これも当然のことです。

しかし、利用者のニーズは多様です。

介護保険では「不適正」とされたことについても、
ケースによってはやって欲しいこともあります。

例えば、認知症で介護保険を利用しているAさんは、
体調不良や歩行困難などが進み、自宅で飼っていた
愛犬との散歩ができなくなりました。

そのため、愛犬も運動不足や食欲不振から、
元気がなくなって、弱ってしまいました。

毎日それを見ていたAさんは、体調がもっと悪くなり、
認知症も加速し、要介護度が悪化してしまったのです。

介護保険では犬の散歩はしてくれないのですが、
でも、Aさんは何とかやって欲しいと願っています。

Aさんの場合、犬の散歩は認知症の進行を遅くしたり、
自立度が増して要介護度が改善したりにつながるかもしれません。

ここで混合介護の出番なのです。

介護保険とは別に、全額自己負担でいいから、
犬の散歩、同居家族の食事の用意や洗濯などを
してほしいという声は結構多いのです。

保険適用外の幅広い家事、散歩や買い物の付き添い同行のほかに、
インターネットでのお買い物サポートなども想定されます。

しかし、これらの介護保険適用外のサービスを
事業者が介護保険とセットで組み合わせて提供することは、
現行の介護保険制度を厳密に解釈すると、ダメなのです。

なぜダメなのでしょうか。

これを無制限に認めると、いくら全額自己負担とはいえ、
税金と保険料で運営されている公的介護保険のサービス受給者の中で、
お金持ちとそうでない人との間に不公平が生じます。

しかも公的介護保険は、自立や要介護度の改善に向けて、
そのために必要なサービスを提供することが本来の目的です。

お金を出せば、何でもサービスを受けられるのであれば、
必ずしも自立の促進や要介護度の改善につながらず、
制度そのものの根幹が揺るぎかねないのです。

これは医療保険で混合医療が認められていないのも同じです。

医療保険の治療で現役世代は3割負担です。

ですが、厚生労働省が認めていない未承認の薬を、
全額自己負担で海外から購入し、公的治療と合わせて
受けられるとすれば、お金持ちがトクをする構造になるからです。

この場合は公的保険も受けられず、
特効薬の購入費と医療保険適用分は
10割とすべて自己負担になります。

医療保険の特例として、
病院の個室や少人数部屋の差額ベッド、
歯科治療の一部が認められています。

もしくは、高度先端医療機関(大学病院など)での
選定医療が特例的に認められているだけです。

それでは混合介護が現行制度の中で
まったく認められていないかというと、
そうではありません。

本人が希望していること、
事業者が介護保険と適用外サービスを区別して提供すること、
料金徴収も別にすることなどの条件付きで
段階的に容認されています。

限定的に許容される範囲内で認められてきたというのが実態です。

問題はどこで線を引くかです。

自治体が認めていない、認めていても範囲が狭い場合には、
利用者が望んでも介護報酬からの支払いを拒絶されることが
あります。

事業者のほうにも、
この辺までのサービスなら一体的に提供してもいいだろうなど
受け取り方次第で変わるグレーゾーンが存在します。

しかし、先に述べたように緩めすぎると、
ケアの質の低下、富者と貧者の不公平感が増し、
自立志向も損なわれかねないなどと、慎重な意見も根強くあります。

医療保険の混合診療は、もっと厳格な規制があることも先に説明しました。

豊島区は事業者に保険外サービスの計画書提出、
本人、ケアマネの了承などを求めています。

同居家族の食事や洗濯のほか、買い物代行や散歩同行、ペットの世話、
ネット通販による買い物支援など幅広く適用されています。

このことは公定価格が決められた準市場に、
自由価格の市場原理がセットで持ち込まれることにもなります。

このようにセットでサービスを提供することで、
利用者のニーズへの柔軟な対応、事業者の収益増などの
メリットが期待されています。

事業者の経営安定や収益増につながるのかという経済的視点に加え、
制度が適正に守られているかどうかの規制と自制ができるような
厳格な検証も必要だと思います。

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執筆:渋川智明先生

東北公益文科大学名誉教授
法政大学大学院、目白大学大学院非常勤講師
(福祉・社会保障論、NPO事業論、社会的企業論)

早稲田大学卒、毎日新聞社入社。
西部本社報道部副部長から
東京本社社会部編集委員(厚生労働政策担当)。

2005年4月から東北公益文科大学教授。
公益学部長、大学院研究科長を経て、
2014年4月からは同大学名誉教授。

また、ジャーナリスト経験から介護保険、
医療保険、年金問題など社会保障政策に精通。

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